分掌変更退職金は分割払いでも経費になる?裁判例から見る役員退職給与の損金算入時期

分割払い役員退職金の損金性

「先代社長が代表を退いて非常勤役員になりました。役員退職金を支払いたいのですが、一括で払う資金がないため、数年に分けて支払っても経費になりますか?」

中小企業の事業承継では、創業者である先代社長が代表取締役を退任し、後継者へ経営を引き継ぐ場面があります。

このとき、先代社長に対して役員退職金を支給することがあります。

しかし、役員退職金は金額が大きくなりやすく、会社の資金繰りとの関係で、全額を一括で支払うことが難しいケースもあります。

では、代表取締役を退任して非常勤取締役になった役員に対する退職慰労金を、数年に分けて支払った場合、実際に支払った年度ごとに経費として処理することはできるのでしょうか。

今回取り上げる裁判例では、創業者である代表取締役が非常勤取締役となったことに伴い、退職慰労金2億5,000万円の支給を決め、そのうち7,500万円を1年目に、1億2,500万円を2年目に支払いました。

税務署は、2年目に支払われた1億2,500万円について、退職給与ではなく賞与であり、法人税上の損金にもならず、所得税上も退職所得ではないとして処分を行いました。

これに対し、東京地方裁判所は、2年目に支払われた1億2,500万円について、所得税法上の退職所得に該当し、法人税法上も退職給与に該当すると判断しました。

さらに、実際に支払った平成20年8月期の損金に算入できるとして、納税者側の主張を認めました。

結論:分掌変更退職金の分割支給でも、支給年度の損金算入が認められる場合があります

結論からいうと、代表取締役を退任して非常勤取締役になるような分掌変更の場合でも、実質的に退職したのと同様の事情があり、退職金としての実態がある場合には、役員退職給与として扱われる可能性があります。

また、役員退職金を一括で支払えず、複数年度に分けて支払った場合でも、実際に支払った年度に損金経理をしたときには、その支払年度の損金算入が認められる場合があります。

ただし、これは、

  • 退職金の総額が明確に決まっている
  • 分掌変更によって役員としての地位や職務内容が実質的に大きく変わっている
  • 退職金としての支給決議や計算根拠がある
  • 実際に支払った金額をその年度に損金経理している
  • 利益調整だけを目的とした恣意的な支給ではない

といった事情がある場合の話です。

「分割払いでも必ず経費になる」という意味ではありません。

分掌変更退職金とは何か

通常、退職金は、役員や従業員が会社を退職したときに支払われるものです。

しかし、役員の場合、完全に会社を辞めるのではなく、代表取締役を退任して平取締役や非常勤取締役になることがあります。

このように、役員として会社に残るものの、職務内容や地位が大きく変わることを、一般に「分掌変更」といいます。

法人税基本通達9-2-32では、役員の分掌変更等により、役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したのと同様の事情にあると認められる場合には、退職給与として取り扱うことができるとされています。

例えば、次のような場合です。

  • 常勤役員が非常勤役員になった場合
  • 取締役が監査役になった場合
  • 分掌変更後の役員報酬が、おおむね50%以上減少した場合

ただし、非常勤役員になったとしても、代表権を持っていたり、実質的に経営上主要な地位を占め続けていたりする場合には、退職したのと同様とはいえません。

つまり、形式だけで「非常勤」としても足りません。

実際に経営の第一線から退いているかが重要です。

今回の事案

今回の会社は、創業者である役員が、長年代表取締役として会社を経営していました。

その後、この役員は代表取締役を辞任し、非常勤取締役となりました。

この分掌変更に伴い、会社は役員退職慰労金として2億5,000万円を支給することを決めました。

支給状況は、次のとおりです。

時期 支給額 会社の処理
平成19年8月期 7,500万円 退職金として損金算入
平成20年8月期 1億2,500万円 退職金として損金算入
残額 5,000万円 その後、税務調査や経営状況等の事情により未支給

会社は、2億5,000万円を一括で支給する資金的余裕がなかったため、3年以内に分割して支払うこととしていました。

また、実際に支払った7,500万円と1億2,500万円について、それぞれ支給した事業年度に退職金として損金経理しました。

税務署の主張

税務署側は、2年目に支払われた1億2,500万円について、主に次のように主張しました。

  • 役員は完全に退職しておらず、非常勤取締役として会社に残っている
  • 2年目の支払は、分掌変更に基因する退職金とはいえない
  • 退職金として支給するなら、支給額が確定した年度に損金算入すべきである
  • 分掌変更の場合に、分割支給した金額を支払年度ごとに損金算入することは認められない
  • 2年目の1億2,500万円は退職所得ではなく、役員賞与として給与所得に該当する

このため、法人税については、1億2,500万円を損金に算入できないとして更正処分を行いました。

また、源泉所得税についても、退職所得ではなく賞与として計算すべきであるとして、追加の源泉所得税や不納付加算税の処分を行いました。

裁判所は、2年目の支払も退職所得に該当すると判断した

東京地裁は、まず、2年目に支払われた1億2,500万円が所得税法上の退職所得に該当するかを検討しました。

所得税法30条1項では、退職所得について、退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与に係る所得とされています。

裁判所は、退職所得に該当するためには、一般に次の3つの要件を満たす必要があると整理しました。

要件 内容
退職基因要件 退職、又は退職と同視できる事情によって初めて支給されること
労務対価要件 従来の勤務に対する報償又は労務の対価の後払いとしての性質を持つこと
一時金要件 退職により一時に支払われる性質を持つこと

この事案では、創業者が代表取締役を辞任し、非常勤取締役となり、役員報酬も月額87万円から40万円へ減額されていました。

裁判所は、この分掌変更により、実質的に一旦退職したのと同視できる状況にあったと判断しました。

そして、2年目に支払われた1億2,500万円は、当初決議された退職慰労金2億5,000万円の一部として支払われたものであり、退職基因要件を満たすとしました。

分割払いでも「一時金要件」は否定されなかった

税務署側は、退職所得というためには、一時に一括で支払われる必要があり、1年後に支払われた1億2,500万円は一時金要件を満たさないとも主張しました。

しかし、裁判所はこの主張を採用しませんでした。

裁判所は、一時金要件が問題とされる趣旨について、退職後に年金のように定期的、継続的に支給されるものを退職所得から除くためであると説明しました。

したがって、退職を原因として支払われる金員が複数回に分けて支払われたからといって、それだけで一時金要件を満たさないとはいえないと判断しました。

今回の退職慰労金は、3年以内に分割支給するものとされており、年金のように定期的、継続的に支給されるものではありません。

そのため、裁判所は、2年目の1億2,500万円についても一時金要件を満たすとしました。

法人税法上も退職給与に該当すると判断された

次に問題となったのは、2年目に支払われた1億2,500万円が、法人税法上の退職給与に該当するかです。

法人税法34条1項は、役員給与について、一定のものを除き損金算入を制限しています。

ただし、退職給与は、同項の損金不算入の対象となる役員給与から除かれています。

裁判所は、役員退職給与について、役員としての在任期間中における継続的な職務執行の対価の後払いとしての性質を持つため、適正額の範囲であれば損金算入されるべきものと説明しました。

そして、役員が完全に退職していなくても、分掌変更により役員としての地位や職務内容が激変し、実質的に退職したのと同様の事情がある場合には、その分掌変更時に退職給与として支給される給与も、法人税法上の退職給与に該当すると判断しました。

今回の事案では、代表取締役を辞任し、非常勤取締役となり、報酬も半額以下になっていました。

そのため、裁判所は、2年目に支払われた1億2,500万円も、法人税法上の退職給与に該当すると判断しました。

最大の争点:2年目の損金にできるのか

この裁判例で特に重要なのは、2年目に支払われた1億2,500万円を、実際に支払った平成20年8月期の損金にできるかという点です。

役員退職給与の損金算入時期について、法人税基本通達9-2-28は、次のように定めています。

退職した役員に対する退職給与の額の損金算入の時期は、株主総会の決議等によりその額が具体的に確定した日の属する事業年度とする。ただし、法人がその退職給与の額を支払った日の属する事業年度においてその支払った額につき損金経理をした場合には、これを認める。

つまり、原則は、株主総会の決議等により金額が具体的に確定した日の属する事業年度です。

しかし、ただし書により、実際に支払った日の属する事業年度で損金経理した場合には、その処理も認めるとされています。

今回の会社は、このただし書に依拠して、1年目に支払った7,500万円は1年目に、2年目に支払った1億2,500万円は2年目に、それぞれ損金経理しました。

裁判所は、支給年度損金経理を公正処理基準に従ったものと判断した

法人税法22条4項では、益金や損金の額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準、いわゆる公正処理基準に従って計算されるものとされています。

裁判所は、役員退職給与について、どの事業年度に費用を計上すべきかは、公正処理基準に従うべきであるとしました。

そのうえで、次の点を重視しました。

  • 企業では、資金繰りの観点から役員退職給与を複数年度にわたって分割支給することがある
  • 分割支給の都度、その金額をその事業年度の退職給与として損金経理している中小企業も少なくない
  • 複数の文献や税理士・公認会計士の解説でも、法人税基本通達9-2-28ただし書に依拠した支給年度損金経理が紹介されている
  • 通達は法令ではないが、租税行政が通達に依拠している実情から、企業が通達をしんしゃくして会計処理を検討することは自然である
  • 特に中小企業では、企業会計原則よりも税務会計に依拠して会計処理を行う実態がある

これらを踏まえ、裁判所は、少なくとも中小企業との関係では、法人税基本通達9-2-28ただし書に依拠した支給年度損金経理は、一般に公正妥当な会計慣行の一つであると判断しました。

その結果、2年目に実際に支払った1億2,500万円を、平成20年8月期の損金に算入することを認めました。

この裁判例から読み取れる実務上のポイント

1.分掌変更退職金は、形式ではなく実態が重要

代表取締役を辞任して非常勤取締役になったとしても、実質的に経営を支配し続けていれば、退職したのと同様とはいえません。

分掌変更退職金として認められるためには、役員としての地位や職務内容が本当に大きく変わっている必要があります。

今回の事案では、代表権を失い、非常勤取締役となり、役員報酬も月額87万円から40万円へ減額されていました。

このような事情があったため、裁判所は実質的に退職したのと同様の状況にあったと判断しました。

2.退職金総額と支払期限は明確にしておくべき

今回の会社は、退職慰労金の総額を2億5,000万円とし、3年以内に分割支給することを決めていました。

裁判所も、退職金の総額と分割支給の終期が決まっていたことを重視しています。

逆に、総額も支払期限も曖昧なまま、利益が出た年度だけ退職金名目で支払うような処理であれば、退職金ではなく役員賞与と判断される危険があります。

3.議事録・計算書・源泉処理は重要な証拠になる

この事案では、当時の株主総会議事録や取締役会議事録が作成されていなかった点が問題になりました。

ただし、裁判所は、同族会社であり、普段から議事録を作成していなかった事情などを踏まえ、議事録が当時存在しなかったことだけで決議がなかったとは判断しませんでした。

また、退職慰労金の計算書、住民税の分納報告、源泉所得税の計算・納付などが、退職金総額2億5,000万円を前提として行われていた点も重視されました。

もっとも、これはあくまで裁判で救済された事例です。

実務上は、株主総会議事録、取締役会議事録、退職慰労金規程、計算書、支払計画書を、支給時点で整備しておくべきです。

4.支給年度損金経理は万能ではない

今回の裁判例では、支給年度損金経理が認められました。

しかし、どのような分割払いでも認められるわけではありません。

例えば、次のようなケースではリスクが高くなります。

  • 退職金総額が明確に決まっていない
  • 支払期限が決まっていない
  • 毎年の利益状況を見て支払額を後から決めている
  • 代表権や実質的な経営権を維持している
  • 分掌変更後も主要取引先との交渉や資金決済を実質的に支配している
  • 役員報酬がほとんど減っていない
  • 退職金規程や支給決議がない
  • 未払計上も支払年度損金経理も曖昧である

この裁判例は、分割支給を広く無条件に認めたものではありません。

あくまで、退職金としての実態と、支給年度損金経理が公正処理基準に従ったものといえる事情があったため、納税者側が勝った事案です。

5.中小企業の実態が考慮された点は重要

この判決で特徴的なのは、裁判所が中小企業の会計実務をかなり現実的に見ている点です。

裁判所は、法人税基本通達は法令ではなく、行政内部の解釈基準にすぎないと明言しています。

その一方で、租税行政が通達に依拠して行われている実情を踏まえ、企業が通達をしんしゃくして会計処理を検討することは自然であるとしました。

さらに、中小企業では、企業会計原則などの会計基準よりも、法人税法上の計算処理に依拠して企業会計を行っている場合が多いという実態も考慮しています。

この点は、中小企業の事業承継における役員退職金実務にとって、非常に重要な判断です。

実務で行うべき対応

分掌変更に伴い役員退職金を支給する場合には、少なくとも次の事項を整備しておくべきです。

確認事項 実務対応
退職金規程 役員退職慰労金規程を作成し、計算方法を明確にする
分掌変更の実態 代表権喪失、非常勤化、職務内容の変更、報酬減額を明確にする
株主総会・取締役会決議 退職金総額、支給理由、支払方法、支払期限を議事録に残す
計算根拠 最終報酬月額、在任年数、功績倍率、功労加算の根拠を保存する
分割支給の理由 資金繰り、金融機関対応、会社の経営状況などを説明できるようにする
支給年度損金経理 実際に支払った年度に、支払額を退職金として損金経理する
源泉所得税 退職所得としての源泉徴収税額を適切に計算し、期限内に納付する
分掌変更後の行動 退任後も実質的に経営を支配していると見られないよう、職務実態を整理する

この裁判例を過信してはいけない場面

この裁判例は納税者勝訴の事案ですが、どの会社にもそのまま使えるわけではありません。

特に、次のようなケースでは、今回の裁判例を根拠にするのは危険です。

  • 代表取締役を退任しただけで、実際には引き続き経営判断をしている
  • 金融機関や主要取引先との交渉を退任後も先代が行っている
  • 役員報酬が形式的にしか下がっていない
  • 退職金の総額が事前に決まっていない
  • 利益が出た年度にだけ、後出しで退職金を支払っている
  • 支払期限がなく、いつまで分割するのか不明である
  • 退職金規程や議事録がなく、計算根拠も説明できない
  • 支給額が同業類似法人と比べて著しく高額である

このような場合、退職給与ではなく役員賞与と認定され、法人税上損金不算入となる可能性があります。

また、所得税上も退職所得ではなく給与所得として取り扱われ、源泉所得税の不足が問題になる可能性があります。

まとめ

今回の裁判例では、代表取締役を退任して非常勤取締役となった創業者に対する退職慰労金について、2年目に分割支給された1億2,500万円も、所得税法上の退職所得に該当し、法人税法上も退職給与に該当すると判断されました。

また、法人税基本通達9-2-28ただし書に依拠して、実際に支払った年度に損金経理した処理は、公正処理基準に従ったものとされ、平成20年8月期の損金算入が認められました。

この判決は、分掌変更退職金の分割支給について、中小企業の実務に配慮した重要な裁判例です。

ただし、重要なのは、単に「分割払いでもよい」という点ではありません。

退職金としての実態、分掌変更の実質、退職金総額の確定、支払期限、損金経理、源泉処理、議事録や計算根拠の整備がそろっていたからこそ、納税者側の主張が認められた事案です。

分掌変更退職金を支給する場合には、金額の妥当性だけでなく、支給時期、分割方法、経理処理、退任後の職務実態まで含めて、事前に慎重に設計する必要があります。

今回参照した裁判例

東京地方裁判所平成24年(行ウ)第592号 法人税更正処分取消等請求事件

  • 判決日:平成27年2月26日
  • 変更判決:平成27年3月3日
  • 結論:一部認容・確定
  • 国税庁訴訟資料:Z265-12613
  • 国側当事者:国
  • 処分行政庁:宇都宮税務署長
  • 主な争点:分掌変更に伴う役員退職給与の分割支給と損金算入時期

本件では、創業者である役員が代表取締役を辞任して非常勤取締役となったことに伴い、退職慰労金2億5,000万円を分割支給した事案について、2年目に支払われた1億2,500万円が、所得税法上の退職所得及び法人税法上の退職給与に該当し、支払年度である平成20年8月期の損金に算入できると判断されました。

今回参照した主な法令・通達

※本記事は、上記裁判例を題材として、分掌変更に伴う役員退職給与の分割支給と損金算入時期について一般的な考え方を解説したものです。実際の税務判断は、役員の退任後の職務実態、代表権の有無、報酬の減少割合、退職金規程、株主総会・取締役会決議、支払時期、支払原資、金額の妥当性、源泉徴収処理その他の事情により異なります。個別の役員退職金の支給にあたっては、実行前に顧問税理士等へご相談ください。

Author Profile

末廣 大地
起業支援と財務コンサルティングが得意な税理士。
これまでの最高調達支援額は10億円。
町田・相模原エリア初の「決算料0円、月額10,000円~の税務顧問×創業融資支援0円×会社設立手数料0円の起業支援プラン」をリリース。
上智大学法学部法律学科卒。