融資審査の新基準「事業性評価」とは

「日本型金融」からの脱却

多くの銀行は、会社から提出された決算書に基づきスコアリング・信用格付を行い、融資の可否を判断しています。

このため、それまで問題なく融資を受けられた会社も、ひとたび経営成績や財政状態が悪化すると担保・保証なしでは融資を受けられない、いわゆる

銀行は、晴れの日に傘を貸し、雨の日に傘を取り上げる

といった状態が起こるのです。

中小企業や小規模事業者は、重要な産業基盤であり、我が国の経済再興にはその成長・発展が不可欠です。

つまり、決算書、担保・保証偏重の審査を行い、信用力が乏しく資金力の脆弱な中小企業や小規模事業者を切り捨てるこれまでの融資姿勢では、銀行が我が国の経済再興に資することはできないのです。

こうした銀行の融資姿勢を打開すべく、平成25年に、

  • 開業率が廃業率を上回る状態にし、開業率・廃業率が米国・英国レベル(10%台)になること(現在の日本の開業率・廃業率はともにおよそ5%です)
  • 中小企業・小規模事業者の成長分野への進出を支援し、2020年までに黒字中小企業・小規模事業者を70万社から140万社に増やすこと
  • 今後5年間で新たに1万社の海外展開を実現すること

を目指す旨を打ち出し、その実現のため、

  • 地域金融機関が地域経済を担う企業の経営改善や事業再生・事業転換等の支援、新たな産業の振興や成長性のある企業の育成に向け、コンサルティング機能の発揮やリスクマネーの供給に積極的に取り組むよう、地域密着型金融を促進する

ことを盛り込んだ、「日本再興戦略-JAPAN is BACK」がいわゆるアベノミクスの第三の矢として、閣議決定されました。

なお、地域密着型金融は、リレーションシップバンキング(=リレバン)とも呼ばれており、銀行が顧客との間で親密な関係を長く維持することにより顧客に関する情報を蓄積し、この情報を基に融資等の金融サービスの提供を行うことで展開するビジネスモデルをいいます。

そして、その趣旨は、決算書、担保・保証に依存する融資姿勢を改め、取引先企業の事業の内容や成長可能性等を適切に評価(=事業性評価)し、融資やコンサルティング機能を通じて、地域産業・企業の生産性向上や円滑な新陳代謝の促進を図り、地域創生に貢献することにあります。

つまりは、日本経済の再興には、地域金融機関が、地域の中小企業や小規模事業者との密なコミュニケーションの中で事業性評価を行い、必要に応じて、コンサルティングを行ったり、これまでの決算書、担保・保証人偏重の融資姿勢では忌避されてきたリスクマネー供給にも取り組む、すなわちリレーションシップバンキングの機能強化に取り組むことが必要である、という意思決定が内閣によりなされ、これに基いて行政各部が指揮監督されることとなったのです。

この決定を受けた金融庁は、約3年後、平成27年の「金融行政方針」において、

  • 融資先企業へのヒアリングにより、取引金融機関に対する顧客の評価(優越的地位の乱用を含む)を把握し、それを基に金融機関との対話を進め、金融仲介機能の質の改善を目指していく
  • 担保・保証依存の融資姿勢からの転換、産業・企業の生産性向上への金融仲介のあるべき姿等を議論していく

ことを掲げ、銀行が融資を行っている会社へのヒアリングを行い、平成28年には「金融機関に対する厳しい声」をまとめました。

そこには、

  • 用保証協会の保証を得られなかったことで、金融機関から、赤字などの理由で資金不足になった時の借入を断られたことがあるが、経営状況が悪く一番支援が必要なときに助けてもらえず、何のための銀行なのかと不信感を抱いた
  • 短期継続融資をお願いした際、銀行は会社を評価して融資を行うので、これまでどおり証書貸付で対応するとの回答があり、受け付けてくれなかった

等の会社の声が挙げられており、依然として、融資先の信用力、担保・保証に偏重している銀行の融資姿勢が浮き彫りとなりました。

こうした事態を重く見た金融庁は、こうした銀行の融資姿勢を「日本型金融」として位置付け、平成28年の「金融行政方針」において、「日本型金融排除」を掲げ、これを実効ならしめるべく、

金融仲介機能のベンチマーク

を策定・公表しました。

金融仲介機能のベンチマークとは

金融仲介機能のベンチマークとは、「日本型金融排除」に向けた各銀行の取り組みの進捗状況を比較するための指標をいいます。

「日本型金融排除」とは、突き詰めれば、地域金融機関がリレーションシップバンキング機能の強化に取り組むこととほぼ同義です。

したがって、その意味で、金融仲介機能のベンチマークとは、各銀行のリレーションシップバンキング機能の強化への取り組みの進捗を比較するための指標ともいえます。

とはいえ、地域等によって、各銀行に必要な取り組みはそれぞれ異なることから、画一的な指標ですべての銀行を評価することは、適切ではありません。

このため、金融仲介機能のベンチマークは、

  • 共通ベンチマーク
  • 選択ベンチマーク

の2つで構成されています。

共通ベンチマークは、すべての銀行が取り組むべき指標であり、選択ベンチマークは、

地域等に応じて各銀行がそれぞれ必要なものを選択して取り組むべき指標です。

なお、各銀行がどのベンチマークを選択しているかは、それぞれのホームページに掲げられている場合が多いので、確認し、今後の交渉に役立てるとよいでしょう。

ローカルベンチマークと事業性評価

リレーションシップバンキングは、取引先企業の事業の内容や成長可能性等を適切に評価(事業性評価)することから始まります。

このため、各銀行は、融資先の沿革、業務内容、外部環境、強み・弱みといった非財務情報に関する項目につき、事業性評価シートと呼ばれる独自の評価シートを作成し、事業性評価に取り組んでいます。

そして、平成28年、「日本型金融排除」、あるいはリレーションシップバンキング機能の強化の進捗を比較するための指標である金融仲介機能のベンチマークにおいて、

  • 金融機関が事業性評価に基づく融資を行っている与信先数及び融資額、及び、全与信先数及び融資額に占める割合

が、共通ベンチマークの一つとして位置付けられました。

つまり、すべての銀行が、事業性評価への取り組みを公表しなければならないこととなったのです。

もっとも、これまでの融資審査においても、非財務情報の評価が全くなされてこなかったわけではありません。

信用格付においても、非財務情報は定性要因として評価されてきました。

しかしながら、非財務情報の評価は、性質上、財務情報のそれと比して、その基礎となる情報収集に膨大な時間的・金銭的コストを要し、かつ、客観的数値化が困難です。

かくして、実際には、定性要因の評価や事業性評価は、軽視される傾向にあったのです。

こうした事情に鑑み、金融庁は、事業性評価の入り口として、

ローカルベンチマーク(ロカベン)

を策定・公表しました。

ローカルベンチマークは、会社にとっては、自己の経営を振り返り、経営判断の参考とし、経営力を高め、銀行等と対話するための手段銀行等にとっては、対話により会社の事業内容や成長性等に関する状態を把握し、適切な支援策を提案・実行していくための手段となります。

金融仲介機能のベンチマークが金融庁と各銀行との間の共通指標であるとすれば、ローカルベンチマークは、会社と各銀行との間の共通指標であるということができます。

つまり、ローカルベンチマークの利用により、非財務情報は、銀行と会社の対話の中で評価されることとなる、ということができます。

なお、金融仲介機能のベンチマークの選択ベンチマークにおいても、

  • 事業性評価の結果やローカルベンチマークを提示して対話を行っている取引先数、及び、左記のうち、労働生産性工場のための対話を行っている取引先数

という指標が設けられており、ローカルベンチマークの普及が推進されています。

また、金融検査も、これまでは金融検査マニュアルに基づき、融資先の信用格付・自己査定が適正に行われているかどうかを中心に実施されてきましたが、今日では、事業性評価への取り組みを中心に実施される傾向にあります。

具体的には、事業性評価シートの作成件数や評価対象とする根拠・基準等について、細かくヒアリングされるようになっています。

こうした流れを受け、

  • ローカルベンチマークによる事業性評価の得点が一定の得点に達した場合には、融資決裁の権限を本部から支店長へ委譲する
  • ローカルベンチマークによる事業性評価を信用格付けの定性評価の根拠として連動させる
  • ローカルベンチマークをそのまま用いるのではなく、その考え方を事業性評価シートに取り組む

など、各銀行は、それぞれ工夫を凝らして、融資審査にローカルベンチマークに基づく事業性評価を取り入れはじめています。

今後の融資審査の展望

事業性評価は、各銀行において、様々な形で融資審査に取り入れられつつあり、中には、実質的に従来の信用格付をやめたという信用組合もみられます。

しかしながら、信用格付は、各銀行が総力を挙げて開発、または他の銀行から高額で購入され、これまで、審査の客観性の確保、手続きの簡便化のツールとして長らく重用されてきたものです。

たとえ事業性評価が重要であるとしても、こうした信用格付の有用性は依然として失われていません。

したがって、事業性評価がすべての銀行の融資審査において完全に信用格付に取って代わるとは、少なくとも現状では考えられません。

当面は、これまでどおり信用格付を意識した決算書の作成を行い、これに加えて、事業性評価を適切に受けるため、ローカルベンチマークを基礎として、銀行とのコミュニケーションの中で積極的に非財務情報を提供していくことが、融資を受けるための戦略となるでしょう。

 

Author Profile

末廣 大地
起業支援と財務コンサルティングが得意な税理士。
これまでの最高調達支援額は10億円。
町田・相模原エリア初の「決算料0円、月額10,000円~の税務顧問×創業融資支援0円×会社設立手数料0円の起業支援プラン」をリリース。